「感慨深いですね」

「……いよいよ最後の冬組が決まるわけか」

秋組リーダーの摂津万里が、いづみを振り返る。

休日で賑わう通りの様子とは対照的に、公演のない劇場は静まり返っている。締め切られた入口の扉には『オーディション会場』と書かれた紙が貼りだされていた。

数多の劇場が並び立つ演劇の聖地、ビロードウェイ。その片隅に、MANKAIカンパニーの専属劇場はひっそりと建っていた。

秋組の団員である古市左京が、舞台の中央に並べられた五つの椅子を客席から見上げてつぶやくと、総監督の立花いづみもうなずいた。

新生MANKAIカンパニーの発足時を知る二人にとって、春、夏、秋組と団員を揃えて旗揚げ公演を成功させた上で迎えるこの冬組オーディションは、今までと少し違ったものがある。

「俺らの時は定員ギリだったけど、いつもあんなもんなのか?」

A3! もう一度、ここから。

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スポーツも勉強もケンカも何もかも、別に本気を出さなくても誰よりもうまくやれる。退屈で無味乾燥な日常。

「またアイツかよ」

「なー、知ってる? 兵頭十座がヤマ高の頭ツブしたって」

満たされない渇きを埋めたくて、あらゆることをやった。犯罪スレスレ、自分の命の保証と引き換えでも構わなかった。

――何でもいい。とにかくアツくなれるものを求めていた。

大して仲良くもない、まとわりついてくるからって理由でつるんでた奴らの会話がふと気にかかった。

なんでそんなに頑張ってんだ? 何もかもこんなに簡単なのに。

人生なんてイージーモードだ。本気になって必死になってる奴らを見ると不思議でしょうがなかった。

「誰、ソイツ?」

A3! バッドボーイポートレイト

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ダイニングテーブルの上にはソフトドリンクや缶ビールなどの飲み物や、サラダや唐揚げ、コロッケにカレーやおにぎりといった食べ物が所狭しと並んでいる。

劇団新生MANKAIカンパニー春組の団員五人を含む関係者全員が集まった談話室には、いつになく熱気がこもっていた。

リーダーの咲也が勢いよく拍手をすれば、綴も頭上で手を叩く。

「えーそれでは、春組旗揚げ公演が無事、満員御礼で千秋楽を迎えられたことを祝いまして、打ち上げを開催したいと思います!」

「わー! おつかれさまでした!」

「おつかれー!」

「おつおつ」

高らかに宣言した途端、わっと歓声があがる。

主宰兼監督である立花いづみはおもむろに椅子から立ち上がると、軽く咳払いをした。席についていたメンバー全員の視線が集中する。

A3! 克服のSUMMER!

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いづみはこの時間が好きだった。人々の意識が舞台の一点に集まりだす。始まりを待つ緊張感。

噛み締めるように、自らを奮い立たせるように、座長であり主演の咲也がそう呟く。

空っぽだった小さな劇場に観客たちが集まって来る。人々の熱気でじわじわと劇場内が温まっていく。

その斜め後ろには脚本担当でもある綴が眉根にしわを寄せて、ボロボロになった台本に目を通している。

準主演の真澄はうなずくでもなく、ただ静かな表情で隣にたたずんでいる。

舞台袖から客席を覗く五人の劇団員たちに、いづみはちらりと視線を送った。

「いよいよ千秋楽ですね」

客席は満席だった。観客の潜めた話声や、プログラムをめくる音、席を探して歩き回る足音、期待や静かな興奮が、幕越しでもひしひしと感じられる。

まさかこの期に及んでセリフを変える気じゃないかと内心はらはらしていると、薄暗い空間に青白い光が灯った。

A3! The Show Must Go On!

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