空っぽだった小さな劇場に観客たちが集まって来る。人々の熱気でじわじわと劇場内が温まっていく。

客席は満席だった。観客の潜めた話声や、プログラムをめくる音、席を探して歩き回る足音、期待や静かな興奮が、幕越しでもひしひしと感じられる。

いづみはこの時間が好きだった。人々の意識が舞台の一点に集まりだす。始まりを待つ緊張感。

その斜め後ろには脚本担当でもある綴が眉根にしわを寄せて、ボロボロになった台本に目を通している。

「いよいよ千秋楽ですね」

準主演の真澄はうなずくでもなく、ただ静かな表情で隣にたたずんでいる。

舞台袖から客席を覗く五人の劇団員たちに、いづみはちらりと視線を送った。

まさかこの期に及んでセリフを変える気じゃないかと内心はらはらしていると、薄暗い空間に青白い光が灯った。

噛み締めるように、自らを奮い立たせるように、座長であり主演の咲也がそう呟く。

A3! The Show Must Go On!

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